<町の電器屋さん>成熟市場で戸惑う経営者・高橋社長物語—第1話ー
- tsunemichiaoki
- 2月7日
- 読了時間: 6分

第1話 感動がなくなった日
――町の電器屋の社長が、立ち止まっていることに気づくまで
通勤の人々が駅に向かう中で、
高橋が商店街中に位置する自分の店のシャッターを半分ほど開けたのは、朝八時を少し回った頃だった。
「おはようございます」
奥の作業場から声がする。
奥をのぞき込むと、古参社員の佐藤が、すでに出社しており、
いつものように工具箱を整理していた。
今年で六十五歳。父の代からこの店を知っている唯一の社員だ。
「おはようございます」
高橋はそう返しながら、無意識に声の調子を整えている自分に気づいた。
社長として、というより、この店の「今」を預かる人間としての立場を、自然と意識している社員への、
それも古参社員への気遣いのつもりだ。
店は、昔ながらの町の電器屋だ。
看板も、ショーウィンドウも、決して新しくはない。
だが、掃除は行き届いているし、小売りもしていることもあって近所の人たちには顔も知られている。
父が築いた店を、自分はそのままの形で守ってきた。
社員にも恵まれ、地域の人々との関係も維持できている。
そう思ってきた。
■ 父の時代の「感動」
佐藤が、エアコンの部品を手に取りながら言った。
「今日は3丁目の山本さんとこ、テレビの入れ替えですよ」
「ああ、山本さんね。おばあちゃん元気にしてるかな」
その一言で、ふっと昔の記憶がよみがえった。
父がこの店を始めた頃。新しい家電が出るたびに、店はちょっとしたお祭りのようだった。
「今度のビデオデッキはな、巻き戻さなくていいんだぞ」
「ボタン一つで、予約録画だ」
父は、まるで自分が発明したかのように誇らしげに語っていた。客も、目を輝かせてそれを聞いていた。
自分も子供ながら聞いていてドキドキワクワクするものを感じる時間だった。
家電そのものが、未来だった。
「便利になりますよ」
「生活、変わりますよ」
その言葉に、嘘はなかった。
高橋自身も、自分の家の中にそれらの最新家電が入り込んでくるたびに
夢中であちこちを触っていたことを今でも覚えているし、
どんどん世の中が進化していることを確実に肌身をもって感じ取ることができた。
それから年月を経て、社会人となり、ついに父から店を引き継いだころは
その「変わる瞬間」を届ける仕事に、どこか誇りを感じていた。
だが――
それから約20年。
今はどうだろう。
■ 成熟した市場、動かない心
テレビは薄くなり、画質も良くなった。
録画はテープからディスクに変わった。
エアコンは静かで、省エネがますます進んだ。
内部乾燥機能などは昔では考えられなかった。
性能は、間違いなく進化、向上している。
だが、それを説明しても、お客さんの反応は、たいてい決まっている。
「へえ、そうなんだ」
「今のでも、別に困ってないけどね」
高橋自身も、心のどこかで思っている。
省エネで電気代が節約になることはわかっていても買い替えとなると
目先のお金が必要になる。
その結果として、買い替えを先送りする人も当然いる。
(まあ、そうだよな)
壊れたから替える。古くなったから替える。
そこに、新しいもの、初めてのものを目にした、手にした時の感動はほとんどない。
■ 若手社員の何気ない一言
高橋が午前中の客先での作業を終え、店に戻ると、三十代の社員、森が見積書をまとめていた。
「社長、これお願いします」
「ありがとう」
書類を受け取りながら、森がぽつりと言った。
「最近、仕事は安定してますよね」
高橋は一瞬、手を止めた。
「まあな。ありがたいことだ」
「ですよね。正直、忙しすぎず、暇すぎずで」
悪気はない。むしろ、現場としては理想的な状態だ。
「困ることもないですし」
森はそう言って、軽く笑った。
その笑顔を見ながら、高橋は思った。
(困ってない、か)
それは、経営者として聞けば、悪い言葉ではない。
だが、なぜか胸の奥に、小さな引っかかりが残った。
(何なのだろう。この感覚は・・・)
だがその時の高橋にはそれ以上その感覚を探ってみよう、
という意欲もきっかけもなかった。
■ 何も起きていないのに、疲れている
昼過ぎ、全員が外に出て、店は一時的に無人になった。高橋は店内の椅子に座り、何気なく事務所の奥にある古い写真に目をやった。
そこには、若い頃の父が写っている。
作業着姿で、笑顔だ。
古参社員の若かりし頃の佐藤も、他の社員とともに写っている。
(この人は、いつも楽しそうだったな)
当時の家電は時々不具合が起きることがあったり、
機能が多すぎてお客さんが使いこなせない、とうこと呼び出されるなど
困った事態の発生によるトラブル対応も多かったはずだ。
資金繰りだって、楽ではなかっただろう。
それでも父は、「次は何を売ろうか」「次は何が来るか」そんな話をしていた。
自分はどうだ。
数字は安定している。
赤字もない。
借金も父のころに比べれば大幅に減っており、無理のない範囲だ。
それなのに――
(なんで、物足りなさを感じるのだろう。そしてなんでこんなに疲れてるんだ)
大きな判断をした覚えはない。誰かと衝突した記憶もない。
ただ、
「今日も無事に終わった」それが、毎日続いているだけだった。
■ 65歳の古参社員の言葉
夕方、佐藤が戻ってきた。まだ汗が引いていない感じだ。
「山本さんのおばあちゃん、相変わらず元気でしたよ」
「そう、それはよかった」
「また私の悪ガキ時代のことを言われましたけどね・・・」
「あはは、いつまで経っても・・・ですね・・・」
「はい。でもテレビ、新しいのにして正解だって言ってました」
それを聞いて、高橋はほっとした。少なくとも、仕事はちゃんとしている。
だが、佐藤は続けた。
「社長」
「はい?」
「昔はね、テレビ替えるって言うと、 お客さん、もっとワクワクしてたんですよ」
高橋は、黙って聞いた。
「画質がどんどん良くなっていく。そして大きさもどんどん大きくなっていく」
「感動してくれるし、多くの人が自分の家が小さくなったみたい、と言ってくれましたよね」
「でも今は、タイミングが来たから替える、って感じですね」
佐藤は責めるような口調ではなかった。ただ、事実を語っているだけだった。
「時代ということですよね」
高橋がそう言うと、佐藤は少し考えてから言った。
「そうですね。 でも……」
言葉が、そこで止まった。
「でも?」
「いや、なんでもないです」
佐藤はそう言って、話を切り上げた。
だが、その「でも」が、高橋の中で残り続けた。
■ 社長が立っている場所
夜、シャッターを下ろし、店内の電気を落とす。静かな店に、一人残る。
(俺は、何を守っているんだろう)
父が築いたのは、店だけではなかったはずだ。
新しいものを届ける喜び。変化を恐れない姿勢。
それらも含めて、この店だったのではないか。
だが今の自分は、
「壊さないこと」
「減らさないこと」
そればかりを考えているのではないか。
(守ってるつもりではあるけど、何も進めていないのではないか)
答えは出ない。
だが、このままではいけない気がする。
赤字ではない。失敗もしていない。
経営者としてしっかりやっているとも思っている。
それなのに、心だけが、少しずつ鈍っている。
そして着実に年をとっていっている。
それは、経営が病気になる一歩手前――未病の状態なのかもしれなかった。
高橋は、店の鍵を閉めながら、初めてそんな言葉を思い浮かべた。
まだ、何をすればいいかはわからない。
だが、「何かを変えなければならない」その感覚だけは、確かに芽生えていた。
――第2話へ続く



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