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吉村社長の成長物語(ハーモニー経営)

  • tsunemichiaoki
  • 6 日前
  • 読了時間: 4分

ハーモニー経営の一端を垣間見ていただくためにある中小企業社長の苦難、そしてそこから這い上がる物語をお伝えします。


経営


第1話 静かなる問い ― 経営者にとって「やりがい」とは何か



1.決算を終えた夜


吉村社長は、静かな事務所にひとり残っていた。

壁際の時計が午後十時を少し回ったところを指している。


決算資料を閉じ、湯呑みに残った冷めたお茶を口に運ぶ。黒字――。

それはたしかに数字の上では誇れる結果だった。だが、胸の奥にあるのは、安堵ではなく、空白に似た感覚だった。


「やりきった」という感覚がない。


社員たちはよくやってくれた。顧客からの評価も悪くない。それなのに、何かが欠けている。

かつて創業当初、夜通し機械を回していた頃のような高揚が、もう感じられない。経営とは、ただ維持していくことだったのか――。



吉村社長は、薄暗い事務所を見渡した。働く人の姿はない。その静けさの中で、ふと自分の声が心の中に響いた。


「俺は、何のためにこの会社を続けているのだろう。」




2.“うまくいっているのに”という違和感


経営者仲間と集まる場では、吉村もそれなりに笑っていた。


「安定してるね」「堅実な経営だよ」と言われるたびに、「いやいや、うちも苦しいよ」と笑って返す。それは本心でもあったが、どこか演技のようでもあった。


心のどこかで、「安定」は自分が望んでいたものではなかった。

ただ、ここ数年は“攻める理由”を見つけられずにいる。新しい製品を出してもヒットには至らず、社員の顔にも熱が戻らない。日々の打ち合わせでは、数字と効率の話ばかり。


そこに「なぜやるのか」という言葉は、いつの間にか消えていた。


「やりがいって、何だろうな。」


ある日、若手社員がポロッとこぼしたその言葉が耳に残った。


吉村は何気なく「お客様に喜んでもらうことじゃないか」と返したが、自分でもその言葉に力がないことを感じた。――喜ばれているのに、なぜ心が動かないのか。


その問いは、いつの間にか自分自身に向けられていた。




3.“経営者である自分”と“ひとりの人間としての自分”


経営の現場に立つと、どうしても「社長」という仮面をかぶる。社員の前では弱音を見せられない。取引先には、常に自信をもって話さなければならない。経営者である以上、揺らぎを見せてはいけない――そう信じてきた。


しかし、吉村は最近、その仮面が重く感じるようになっていた。社長としての言葉と、自分の内側の声が、少しずつずれていく。「守るべきもの」が増えるほど、「本当にやりたいこと」が見えなくなる。


人の期待に応えるほど、自分が遠のいていくような感覚。

ある夜、妻に「最近、楽しそうじゃないね」と言われた。


その何気ない一言に、胸が詰まった。


“楽しそうじゃない”――確かに、そうかもしれない。

経営は使命だと思っていたが、いつの間にか義務になっていたのだ。




4.成果がすべてを曇らせるとき


気づけば、会議でも「数字をどう守るか」が中心になっていた。

かつてのように「新しいことをやろう」という声は上がらない。


いや、上がっても自分が無意識に抑えていたのかもしれない。「今はリスクを取る時期じゃない」「堅実に行こう」そんな言葉を繰り返すうちに、社員も口を閉ざした。


成果を求めることは悪くない。だが、成果だけを追い始めると、人は“何のためにやっているのか”を忘れてしまう。そして、気づけば経営者自身がその渦の中心にいる。


利益が出た年も、赤字になった年も、吉村の胸に残るのはいつも同じ空虚さだった。


「結果が出ても、心は満たされない。」そう感じた瞬間、彼は初めて、自分が“惰性の経営”をしていたことに気づいた。




5.問いの始まり


年度が変わる少し前、吉村は社員との面談を始めた。


一人ひとりに「今の仕事、どう感じてる?」と尋ねてみた。返ってきたのは、思ってもみなかった言葉たちだった。


「もっとお客様と話せる仕事がしたいです」

「効率化も大事だけど、やりがいが感じにくくて……」

「社長は、今の会社の方向性、どんなふうに考えてますか?」


吉村は驚いた。

社員たちは、自分以上に「この会社の意味」を探していた。それは、心のどこかで封じていた自分自身の問いでもあった。


やりがいとは、与えるものではなく、共に見つけるものなのかもしれない。

経営者が“何を成し遂げたいか”だけでなく、“なぜそれを続けたいのか”を語ることが、本当の経営の原点なのかもしれない。




6.静かな夜に、再び火を灯す


決算書を閉じた夜、吉村は久しぶりに机にメモを開いた。


「自分が本当に望む経営とは?」


その問いを、何度も書き直しながら眺めた。


答えはまだ出ていない。だが、不思議と心は軽かった。長い間、数字と責任の向こうに隠してきた“自分の声”が、少しずつ戻ってくるような感覚があった。


経営は戦いではない。

誰かを打ち負かすことでもない。

人と人とが響き合いながら、同じ音を探していくこと――そんな経営ができたら、きっとまた心に火が灯る。


吉村は静かにペンを置き、窓の外の夜明けを見つめた。

遠くで鳥の声が聞こえる。新しい一日が始まろうとしていた。




(つづく)


経営













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