老舗和菓子店 店主佐久間の物語―何を守り、何を変える?伝統と革新―第4話
- tsunemichiaoki
- 3月7日
- 読了時間: 6分

第4話 伝統は止まることではなく、流れ続けること
――三代目店主が見つけた“未来への入口”
■ 村井の言葉が、胸の奥で燻り続けた
きのうの夕方のことをもう少し記しておこう。
仕込み場の奥で、村井は静かに言った。
「店主……召し上がって、実際どうお感じになったのですか」
昨日のこの村井の言葉に、佐久間は答えられなかった。
いつもの味、としか言葉が浮かばず、口に出せなかった。
そして、そのあとの会話が進み、村井の最後の言葉は
「店主。最後は“あなたが決めること”です。伝統をどうつなぐかは、三代目であるあなたの役目です」
村井は、試作品を見つめながら言った。
そう言って、仕込み場を後にした。
その場には佐久間と由紀だけが残されていた。
■ 二人だけの試行錯誤が始まる
村井の背中が見えなくなると、由紀がぽつりと言った。
「店主……申し訳ありません。私、“味”へのこだわりをどれほど持っていたのか」
佐久間は、返す言葉を持たなかった。
由紀が、試作品をそっと手に取った。
「もう一度……召し上がっていただけませんか」
二人は、試作品と通常品を並べ、静かに口に運んだ。
結果は——
何も分からなかった。
佐久間も、由紀も。
「……同じですよね」
「ああ……」
沈黙が落ちた。
だがその沈黙は、これまでの沈黙とは違っていた。
“何かがあるはずだ”という、静かな思いが二人の間に生まれていた。
■ 翌日、再び試食する
そして迎えた翌朝。仕込みの合間に、二人はまた試作品を作りそして比較した。
心を込めて味わったつもりだったが、佐久間には、何も違いは感じられなかった。
だが、由紀がふとつぶやいた。
「……なんか、昨日より“やさしい”気がします」
佐久間は驚いた。
「えっ、やさしい?」
「はい。味は同じなんですけど……なんか、口の中での広がりというか溶け方というか、何かが違うという気がしたんです……でもそれは、舌じゃなくて、どこか別のところから……」
言語化できない。でも確かに“何か”が違う。
由紀は思った。
(私は……何を感じ取ったのだろう。気のせいなのだろうか)
■ 目隠しをして味わう
佐久間は提案した。
「目隠しをして食べてみるか」
二人は目隠しをし、通常品と試作品を食べ比べた。
結果は——
二人とも何も違いは感じなかった。
由紀が静かに言った。
「店主……連続して食べても私の舌ではもう無理かも……今日はいったんギブアップでまた明日、というのはどうでしょう」
「そうだな、また明日にするか」
佐久間にも何も妙案はなかった。
翌日、二人はまた目隠しをしながら試食を繰り返した。
だが、何も感じ取れない。
さらにその翌日、二人はまた目隠しをしながら試食を繰り返した。
だが、何も感じ取れない。
由紀も、あの時感じたかすかな違いは気のせいだったのか、と思わざるを得なくなっていた。
今日も諦めてまた明日、と目隠しを外して改めて試作品を見た時に、由紀にひらめくものがあった。
「店主……もしかして、色が……目から感じた何かが味に影響しているっていうことはありませんか」
佐久間の胸に、電流のようなものが走った。
(視覚が……味を変えている?そんな馬鹿な……でも……)
■ 1週間の試行
二人の試行錯誤が続いた。
・1日目
目隠し → 違いは分からない目隠しなし → 由紀だけが“やさしさ”を感じる
・2日目
目隠し → 違いは分からない
・3日目
目隠し → 違いは分からない
だが由紀が視覚の影響、と言い始める。
・4日目
目隠しなし → じっくりと見てから味わう→ 由紀が「あっ、これだったかも」と言う→ 佐久間は分からない
・5日目
目隠しなし → じっくりと見てから味わう→ 由紀「やっぱりこの違いですと確信を深める」
→ 佐久間「それは単なる先入観念では」と疑念の思いを口にする
・6日目
再び目隠し → じっくりと見てから目隠し→ 由紀「違うと思って味わうと何かが違う」と言い出す。そして目隠しをしていても両者を識別できるようになってくる。→ 佐久間「全く自分にはわからない」と未だ嘆きの中
・7日目
目隠し → じっくりと見てから目隠し→ 由紀がかなりの確率で両者の違いを当て始める
→ ついにそれに触発され佐久間が「えっ、これってもしかして違い」と何かを感じる。
「違うと思って味わうと何かが違う」
と言い出した。
二人は深く頷いた。
「和菓子って……舌だけではなく、目で味わうことも大事なんですね……」
「そう、目で違うという認識を持つことで、何かがその人の中で動き始める。
それと共鳴すると、別の味わいがそこから生まれてくる」
「我々が提供してきた価値と言うものにはそんなことまで含まれていたのか……」
佐久間の中で何かがつながり始めた。
「和菓子って……心で味わうものなんでしょうか」
由紀は由紀の言葉でそれを表現した。
佐久間は、胸の奥がかすかに震え始めるのを感じた。
■ いよいよ村井の前へ
その2日後。
佐久間と由紀は、試作品と記録を持って村井の前に立った。
「村井さん……これだというものが見つかりました」
村井は、静かに二人を見つめた。
佐久間は続けた。
「味は変わっていません。でも、色が……味の、いえ心の“入り方”を変えるということがわかりました」
「舌で味わうではなく、心で味わうというところが……」
村井は、手を上げ、佐久間がその先の口にするのを制して
試作品を手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
目を閉じてゆっくり味わっている。
沈黙。
長い沈黙。
やがて村井の表情が、ほんのわずかに緩んだ。
「……店主。ようやくそこに足を踏み入れてくれましたね」
佐久間は息をのんだ。
村井は続けた。
「和菓子は、舌だけで味わうものではありません」
「目で味わい、心で味わい、そして“記憶”で味わうものです」
「その領域に踏み込んだのなら……」
「あなたは“真の三代目”です」
「伝統を守る、ということも今までとは違うとらえ方をされたのではないですか」
佐久間は深く頭を下げた。
由紀は涙をこらえていた。
■ 第4話の終わりに
由紀の“まっすぐな視点”。お客様の“静かな感情”。村井の“矜持と恐れ”。そして佐久間の“覚醒”。
それらが、ひとつの線になった。
伝統とは、
守ることではなく、“感じ取る力”を磨き続けること。
佐久間が立派な店主になったというものではない。
佐久間の本物の店主として歩みがようやく始まったと言ってもよい。
この先お店がより一層繁盛していくのか、厳しい局面にさらされるのか。
今の段階ではまだわからない。
だが間違いなく、佐久間は自分のお店の商品の本質ということを感じることができるようになった。
そして、佐久間は思った。
(この店は……これからも“記憶をつなぐ店”でありたい。と同時に“心を豊かにする店”でありたい)
その決意は、静かだが確かな光となって胸に灯った。
―完―



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