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老舗和菓子店 店主佐久間の物語―何を守り、何を変える?―第2話

  • tsunemichiaoki
  • 11 時間前
  • 読了時間: 5分
守

第2話 守ってきた味は、誰のためのものだったのか

――三代目店主が見つめ直した“伝統”の輪郭



■ 朝の仕込み場に戻ってきた“問い”

翌朝。佐久間は、いつもと同じ時間に仕込み場に立っていた。

蒸籠の湯気。餡の甘い香り。木べらの音。

 

何ひとつ変わらないはずの風景なのに、昨日とは違って見えた。

 

(俺は……何を守っているんだろう。そして守ろうとしているのだろう・・・)

 

その問いが、湯気の向こうにぼんやりと浮かんでいた。

村井が餡を練りながら言った。

 

「店主、今日の栗きんとんの餡、少し固めにしておきました。昨日より湿度が高いので」

「ありがとうございます」

 

いつもなら、ただのやり取りで終わる。だが今日は、胸の奥に小さな違和感が残った。

 

(味を守るために、毎日微調整している。

さすがだ。そしてそれは確かに“伝統”だ。それを……守ればよいのか、

それともそこからどこかに進む必要があるのか?)

 

問いは、昨日よりも輪郭を持ち始めていた。

 


 

■ 若手の“素朴な疑問”

午前10時。開店準備をしていると、由紀が声をかけてきた。

 

「店主、昨日の試作品……いかがでしたか?」

「ああ、味は良かった」

 

由紀の顔がぱっと明るくなる。

 

「本当ですか?嬉しいです。ホッとしました……!」

 

だが和人は、続ける言葉を探していた。

 

「ただ……見た目を変えるのは、村井さんがどう言うか……」

 

由紀は、少しだけ視線を落とした。

 

「やっぱり、怒られますよね」

「怒るというか……“余計なことをするな”と言うだろうな」

 

由紀は、しばらく黙っていた。そして、ぽつりと言った。

 

「でも店主……“余計なこと”って、誰が決めるんでしょうか」

 

その一言、佐久間は聞き流せなかった。

 

(誰が……決める?父か?村井さんか?それとも……俺か?)

 

答えは、すぐには出なかった。

 


 

■ 常連客の“懐かしさ”の裏側

昼過ぎ。昨日の老夫婦が、今日も来店した。

 

「今日も栗きんとんを二つね」

「はい、ありがとうございます」

 

老夫婦は笑顔で言った。

 

「ここの味はね、本当に昔のままだからいいのよ。最近はどこも変わってしまってねえ」

 

和人は、微笑みながら包み紙を折った。

だが、老夫婦が帰ったあと、

由紀がそっと言った。

 

「店主……“変わらないからいい”って、……褒め言葉なんでしょうか」

 

和人は、思わず手を止めた。

 

「どういう意味だい?」

「だって……“変わらない”って、“変わる必要がない”ってことでもあるけど……

“変わる余地がない”って意味にも聞こえて」

 

由紀は、言葉を選びながら続けた。

 

「お客様が“安心”を求めているのはわかります。でも……“驚き”を求めているお客様もいるんじゃないかって」

 

「それは……あの常連の老夫婦をお客様とは思わない、ということにもならないかな」

 

「いえ……、決してそんなことはありません。あの老夫婦のような方々が私たちの大事なお客様だってことは私でも十分に分かっています」

「でも……」

 

「でも……?」

 

それ以上の会話は進まなかった。

由紀もそれ以上のことのことを考えていたわけではなかった。

 

いったんの会話は終わったが佐久間の胸はざわついたままだった。

 

(安心と驚き……どちらも価値だ。でも、うちは“安心”の提供しか考えてこなかったということか?)

 

佐久間の迷いはさらに深まっていった。

 

 

■ 古参職人の”守るもの”、“正しさ”が揺らぐ瞬間

午後。村井が、佐久間に声をかけた。

 

「店主、今日の上生菓子ですが……色味を少し変えた試作品があると聞きました」

 

由紀が、びくりと肩を震わせた。

和人は、覚悟を決めて言った。

 

「はい、若手が作ってくれました。もちろん味を変えるものではありません」

 

村井は、しばらく沈黙した。そして、静かに言った。

 

「……味を変えていないなら、わたしが口をだすことではないですかね。まあいいでしょう」

 

由紀がほっと息をつく。

だが村井は続けた。

 

「ただ、見た目が変わる、それは“伝統”が揺らくことにもつながりかねません。うちは、余計なことをしないからこそ、守られてきたものがあること、私が言うまでもなく店主もおわかりですが、念のため」

 

和人は、反論できなかった。

村井の言葉は、正しい。間違いなく正しい。

 

だが――その“正しさ”が、どうしても重く感じられた。

 

(正しさを守ることと、価値を届けることは……本当に同じなのか?)

 

問いは、出口に近づくのではなく

ますます深みにはまっていくのだった。

 

 

■ “味の記憶”という価値

夕方。一人の若い女性客が来店した。

 

「こんばんは……この栗きんとん、祖母が好きだった味なもので……」

 

和人は、丁寧に包みながら聞いた。

 

「お祖母様とよく来られていたんですか?」

「はい。小さい頃、よく連れてきてもらって……この味を食べると、あの頃の気持ちを思い出すんです」

 

女性は、少し目を潤ませながら言った。

 

「変わらない味って……“思い出が続く”ってことなんですよね」

 

その言葉に、和人の胸が静かに震えた。

 

(味は……記憶なんだ)

 

祖父が守り、父が守り、自分が守ってきた味は、ただの“伝統”ではなかった。

 

それは、お客様の“人生の一部”だったのだ。

 

 

■ 夜、仕込み場で見つけた“答えの欠片”

閉店後。佐久間は、仕込み場に一人残った。

 

蒸籠の余熱。餡の香り。静けさ。

 

(守るべきものは……味そのものじゃない)

(“味の記憶”だ)

 

その瞬間、胸の奥で何かがはじけた。

 

(なら……見た目を少し変えることは、“記憶”を壊すことにはならないのかもしれない)

 

(むしろ……新しい記憶を作るきっかけになるのかもしれない)

 

由紀の試作品が、頭の中に浮かんだ。

 

 


■ 第2話の終わりに

和人は、ゆっくりと息を吐いた。

 

(伝統は、止まることじゃない。“記憶をつなぐこと”なんだ)

 

その気づきは、まだ小さな光にすぎない。

だが、確かに“次の一歩”の方向を示していた。

 

 




――第3話へ続く








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