経営の「安定」はなぜ停滞を招くのか?:組織疲労を解消し、持続的成長へ導く戦略
- tsunemichiaoki
- 2025年12月3日
- 読了時間: 6分
更新日:2025年12月23日
ハーモニー経営の一端を垣間見ていただくためにある大企業の部長の苦難、そしてそこから這い上がる物語。いよいよ最終話です。

水道事業本部の冬は、冷たい。外気だけではない。
組織そのものが張りつめた氷のように、少しの衝撃でひび割れそうな空気をまとっていた。
そのただ中で、山川誠は静かに歩いていた。
――これが最終局面だ。
ここ数週間、対話会をめぐる賛否は社内で完全に二分された。
若手や現場は熱を帯び、一部の役員は「変化の兆し」と見て興味を示し、別の役員たちは「組織を乱す」と眉をひそめる。
巨大な組織が揺れ始めるとき、その表面には静けさしか現れない。むしろ“嵐の前の静けさ”に近い。
山川は、いくつもの思いを抱えながら、この日「最後になるかもしれない対話会」の準備を進めていた。
◆対話会が“最後”になるかもしれない日
対話会が始まる数分前。会議室のドアに手をかけた瞬間、山川の背筋に、ひやりとした感覚が走った。
(……今日の会は、きっと何かが起きる)
理由は分からない。
ただ、長年大組織で生きてきた勘が、そう告げていた。
会議室に入ると、すでに10名が揃っていた。佐野、岸本、若手チーム、中堅の設計担当……。みな、どこか緊張した表情だ。
「山川さん……今日、なんか空気が違いますね」
岸本が声を潜めて言った。
「……そうかもしれないな」
山川も、静かに席に着いた。
録音機がテーブル中央に置かれ、いつもと同じ準備が進む。
だが、心のどこかで、「今日だけは“いつもどおり”ではいられない」と感じていた。
話し合いが始まると、若手が次々と、率直な思いを口にした。
「現場をもっと良くしたいんです」
「誇りを、取り戻したい」
「水道って“当たり前”にされすぎだと思うんです」
それらの声は、熱を帯びつつも、まっすぐだった。
山川は、その一つひとつを聞きながら、胸の奥で静かにうなずいた。
(そうだ……。組織が忘れかけていた“大義”は、ここにある)
だがそのとき、会議室のドアがノックされ、ひとりの秘書が顔を覗かせた。
「山川部長……会議後、常務会議室へお越しください」
空気が凍った。誰もが一瞬、息を止めた。
常務会議室――それは、役員クラスが集まる“審判の場”だ。
◆静かな「公開の場」
対話会が終わったあと、山川はひとり、長い廊下を歩いていた。
靴音だけが、冷たい床に響く。
(……来るべきものが、来た)
常務会議室の扉を押し開けると、そこには数名の役員が座っていた。
矢野専務もいる。だがその表情は読めない。
「山川君。座ってくれ」
淡々とした声。山川は静かに席に着いた。
「最近の“集まり”について、役員会として正式に説明を求めたい。全員の役員がここにいるわけではないが、私が代表して取りまとめ報告する。」
厳しい口調の人事部長が切り出した。
「はい。現場の声を聞き、業務改善と理念再確認の機会をつく……」
「理念?」
「業務外の会合が、社員に過度な期待を与えている」
「組織のヒエラルキーを乱す可能性がある」
矢継ぎ早に声が飛ぶ。
そのたびに、山川の心に鋭い痛みが走った。
(……分かっていた。だが、やはり堪えるな)
――そのときだった。
ずっと黙っていた矢野が、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、山川君の活動は“問題”ではないと思う」
会議室が静まり返った。
常務が眉をひそめる。
「矢野専務……どういう意味ですか?」
矢野は周囲をゆっくりと見渡し、深い呼吸をひとつ置いた。
「現場の誇りが薄れているのは事実だ。理念が語られない組織は、やがて劣化していく」
「しかし……」
「理念は、会議室ではなく“現場”で育つものだ」
その言葉に、会議室の空気がわずかに揺れた。
さらに矢野は続けた。
「山川君の対話会は、その理念の“揺り戻し”を自然に起こしている。私は、それを見守る価値があると考えている」
山川は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(……専務……)
しかし当然、反発も起きた。
「理念は大事だが、非公式活動は問題だ」
「勝手な改革ごっこを許すべきではない」
「現場が勘違いする」
激しいやり取りが数分続いた。
その対立を、山川は黙って聞くしかなかった。
(……俺のせいで、ここまで議論が割れている)
重い責任感がのしかかる。
だがそのとき――意外な人物が手を挙げた。
総務担当の女性役員、田嶋常務。
普段ほとんど発言しない人物だ。
「……じつは私、部下から借りて録音を聞きました」
会議室が一気に静まり返る。
「若手の声を聞いて……少し泣きました」
「“当たり前を支える誇り”という言葉……私は、いつから忘れていたんでしょうか」
その声は震えていた。
「変化が怖くて、理屈ばかり並べていたのは私の方かもしれません」
矢野が静かにうなずく。
その瞬間、会議室に“ほんのわずかな熱”が生まれた。
◆組織の決壊と、新たな循環の始まり
議論は1時間以上続いたが、最終的に決まったのは、たった一つ。
“対話会は、当面見守る。ただし報告は必要。”
その「妥協点」には、支持と不満の両方が混じっていた。
だが――山川にとっては、ほんのわずかだが、確かな前進だった。
会議室を出ると、矢野が小声で言った。
「山川……今日はよく耐えた」
「……ありがとうございます」
「覚えておけ。組織が変わるときは、必ず“押し戻し”が来る。今日はその第一波だ」
山川は深くうなずいた。
(まだ、終わりではない……)
◆雪の夜、ひとりで感じた“確かな手応え”
その日の夜。本部ビルを出ると、外はしんしんと雪が降っていた。
街灯の下、白い雪が静かに積もっていく。
その景色を眺めながら、山川はふと思った。
(水道の仕事も、こういうものだ)
誰にも注目されない。
派手ではない。
だが、一度止まれば社会が止まる。
その“静かな使命”が、雪のように自分の心に沁みていく。
そこへ、ふいに声がかかった。
「山川さん!」
振り返ると、佐野と岸本が走ってくる。
「聞きました!対話会、続けられるんですね!」
「ほんとによかった……!」
二人の顔は、雪の白さよりも明るく見えた。
山川は、ふっと笑った。
「……ああ。続けよう。静かにな。じっくり、ゆっくりだ」
岸本が小さくうなずいた。
「俺……もっと頑張ります。この仕事、誇りにしたいんで」
佐野も続いた。
「私もです。この会社、変われると思うんです」
山川は、その二人の顔を見つめながら、胸の奥で確信した。
(――そうだ。組織を変えるのは、俺じゃない。“彼ら”なんだ)
自分はただ、静かな循環を始めただけ。
その循環がいつか、組織全体を満たす日が来るかもしれない。
雪は、静かに降り続けていた。
まるで、新しい季節の訪れを告げるかのように。
山川はゆっくりと歩き始めた。
その足取りは、寒さとは裏腹に、どこか温かかった。
――巨大な組織の中で、確かに何かが動き始めていた。
(了)
これまでの物語は
第3話 山川部長の難関突破物語<3>「波紋の広がりと、揺れ始める巨大組織」
第2話 山川部長の難関突破物語<2>「見えない壁と、かすかな灯」
第1話 山川部長の難関突破物語(ハーモニー経営)







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