<町の電器屋さん>成熟市場で戸惑う経営者・高橋社長物語ー第3話ー
- tsunemichiaoki
- 2月10日
- 読了時間: 6分

第3話 裸にならなければ、前には進めない
――答えを持たない社長が、場をひらいた夜
高橋は、その日一日、ずっと胸の奥が重かった。
このまえ芽生えた「未病」の感覚は、もはや違和感などという生やさしいものではなく、はっきりとした痛みになりつつあった。
仕事はある。売上もある。社員もいる。
それでも、「このままでいい」というスタンスが、自分をダメな状態にしている元凶だということもわかった。
(俺は、何を怖がっているんだろう)
答えは、うっすら見えてきていた。
怖いのは失敗ではない。
自分が、もう“答えを出せる人間ではない”と認めることだった。
■ 社長の頭の中だけでは、何も変わらない
午後の事務所。見積書を作りながら、高橋は何度も手を止めた。
(新しいことをやろう)
(でも、何を?)
頭の中には、過去に見聞きした成功事例や、セミナーで聞いた横文字が浮かぶ。
DX。サブスク。IT活用。
だが、どれも自分の言葉にならない。
(借り物のアイデアで、社員を引っ張れるか?)
(お客さんをワクワクさせられるか?)
答えは、出なかった。
そのときふと、65歳の佐藤の言葉がよみがえった。
「社長自身が、この仕事を楽しめてないように見える」
高橋は、椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
(楽しめてない社長が、楽しさを売ろうとしても、無理だよな)
自分の中にあるものを、いくら掘っても、もう何も出てこない気がした。
■ 夕方、社長は社員を呼び止めた
それから数日後。
その日の仕事が一段落した夕方。シャッターを下ろす前、高橋は珍しく声を張った。
「ちょっと、みんな集まってくれるか」
社員は3人。
65歳の佐藤、40代の森、そして30代前半の若手社員である木村。
朝礼はしない会社だ。
こうして改まって集まるのは、年に数えるほどしかない。
佐藤が怪訝そうに言った。
「何かありましたか?」
高橋は一瞬、言葉に詰まった。
準備していたはずの言葉が、喉の奥で崩れる。
そして、予定していなかった言葉が口をついて出た。
「……正直に言う」
社員全員の視線が、高橋に集まる。
「俺、どうしていいかわからなくなってる」
空気が、止まった。
■ 社長が「答えを持っていない」瞬間
森が、戸惑ったように眉をひそめた。
最若手の木村は、視線を落とした。
佐藤だけが、じっと高橋を見ていた。
高橋は続けた。
「売上はある。仕事も回ってる。でも……」
言葉を探す。
「この先、この店が“面白くなる気”がしないんだ」
自分で言っていて、胸が痛んだ。だが、止めなかった。
「俺の頭の中からは、新しいアイデアが出てこない。 考えても、考えても、同じところをぐるぐるしてる」
沈黙が、重く落ちる。
社長が言ってはいけない言葉を、高橋は、はっきりと言ってしまった。
■ 古参社員の、遠慮のない一言
最初に口を開いたのは、佐藤だった。
「……社長」
静かな声だった。
「それ、今さら……じゃないですか」
高橋は、息をのんだ。
「正直に言いますよ」
佐藤は続けた。
「ここ数年、社長はずっと“様子見”だった」
痛いところを、正確に突いてくる。
「大きな失敗はしてない。でも、大きな挑戦もしてない」
「だから、俺たちも安心はしてる。でも……」
佐藤は、言葉を切った。
「正直、ワクワクはしてません」
場の空気が、張りつめた。
高橋は反論できなかった。
それは、自分が一番わかっている事実だったからだ。
■ 社長のプライドが、音を立てて崩れる
高橋は、ゆっくりと頭を下げた。
「……その通りだと思う」
佐藤が目を見開く。
「俺は、父のやり方をなぞってきただけだった」
「でも、時代は変わった。 俺は、その変化に乗れていない」
そして、決定的な一言を口にした。
「だから、今日は“教えてほしい”」
社長が、社員に頭を下げる。
「えっ」その姿に、二人の若手社員が思わず声を上げた。
■ 若手の、控えめな提案
沈黙の中、最年少の木村が、おずおずと手を挙げた。
「社長……ちょっとズレるかもしれないんですけど」
高橋は、うなずいた。
「いい。何でも言ってくれ」
若手は言葉を選びながら話し始めた。
「最近、調理家電を買ったお客さんから、 “使いこなせない” って相談されることが多いです」
佐藤も黙って聞く。
「性能はいい。でも、どう使えば生活が変わるのか、わからない人が多い」
木村は続けた。
「だったら、売るだけじゃなくて…… 料理の仕方とか、その人の生活に合わせた使い方まで、 一緒にサポートできないかなって」
高橋の眉が、わずかに動いた。
■ 「それ、うちの仕事か?」
「それって……」
高橋は率直に聞いた。
「うちの仕事か?」
若手は一瞬言葉に詰まったが、意を決したように続けた。
「はい。“家電を売る”じゃなくて、 “生活を整える”仕事です」
佐藤が、思わず口を挟んだ。
「例えば?」
若手は少し興奮した様子で言った。
「調理家電なら、レシピ、使った回数、 好みの味、健康状態…… スマホで簡単に管理できるじゃないですか」
「今はAIもありますし、 “この人にはこの使い方” って提案もできます」
高橋には、完全に想定外だった。
■ もう一人が、背中を押す
佐藤が腕を組み、考え込む。
「……でも、 それ、喜ぶ人多いかもな」
木村が顔を上げる。
「特に、 中高年のお客さんです」「若い人は勝手に使いこなしますけど、 使えない人ほど、 置いていかれてる感じがしてると思います」
佐藤が、ぽつりと言った。
「俺も、 正直よくわからん」
その一言に、場が少し和んだ。
■ 高橋が見た「未来の輪郭」
高橋は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(俺の頭からは、こんな発想、一生出なかったな)
父の時代は、父が未来を見ていた。
今は違う。未来は、社員の中に散らばっている。
高橋は、ゆっくりと言った。
「アイデアをありがとう」
「それが形にできるかどうか、俺ではよくわからない」「でも、それはあり得るかも、おもしろいかも、とは感じた」
社員たちの表情が、少し緩む。
「俺一人では、この議論は先には進めないな」
「だから、一緒に考えてほしい」
それは、社長が“指示する人”から、“場をつくる人”へ変わった瞬間だった。
■ 第3話の終わりに
その夜、高橋は一人で店を出た。
シャッターを下ろしながら、思う。
若い人々は、すでに次の世界を生きている。
問題は、そこへ行けない人が、確実に増えていることだ。
(売るものが、変わるかもしれない)
(仕事の定義も、変わるかもしれない)
だが、不思議と怖くなかった。
それどころか、胸の奥に、久しく感じていなかった感覚があった。
――少しだけ、ワクワクを感じている。
高橋は、その感覚を確かめるように、ゆっくりと歩き出した。
――第4話へ続く
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